2009年7月29日水曜日

対象と向き合い続けるための思考システム外在/精緻化

最近ずっと、いかに自分込みのシステムをつくるのかということを考えている。

何ヶ月か前まで、コンピュータ込みの表現・システム(グラフィック、アニメーション、インタラクティブメディア、ソフトウエア)の試作するときに、とにかく一直線に目標物のある印象に辿りつくことを考えてやっていた。

だいたいこのくらいの大きさで、こんな風に動いて、機能はこれとこれ。
作りたいものを実感したり、デモするためならそれでいいんだろうけど、
本当にこれでいいんだろうか、と思うことが多くあった。

どういうことか、というと完成しないのだ。
何を持って完成とするか、そもそも完成などない切断にすぎない、ネットサービスにおいては〜、とかいうことは置いておいても、いかんせんモノ自体の程度が低い。

これで速くなれば〜、この機能がつけば〜、精緻化されれば〜、がたられば以外であることの少なさ。
機能や面白さの一端を垣間みて、そこで終わってしまう。
よくよく考えなくとも、ものすごくもったいないことなのだけど、大体そういう作業していると他に面白いものが見えてしまって他に動いてしまう。


やっぱそれって、方法にも問題があるんじゃないか。
問題は制作を放ってしまうこと、つまりモチベーションだ。
方法論にモチベーション操作を組み込む。

具体的にどうするか。

1.クラスをつくる、変数を決める、メソッドを決める。
2.変数のいじり方の精度を決める
3.がしがしいじる。
4.固定する。

以下、2ー4をループ。
必要なら適宜変数、メソッドを増やす。

ルールは変数をひとつずついじること。
ひとつ決めたらそこから派生的に、ひとつづつ他の変数を変えていくこと。
少しの差でもきちんと別名で保存すること。
メジャーバージョンが上がるのは、新しい変数を追加したとき。
(クラスの継承については、まだ実験、検討中)

これが基本。

とにかく前に進むための方法だ。

頭を使えないときでも進める、これがミソ。
とにかく対象と向きあう。
頭を使うのは、変数が生まれるときだけだ。

もともとアニメーションのタイポロジーをやるのに考えた。
アニメーションでいうと、一つ変数が増えれば、大体10くらいは何も考えずにマイナーバージョンができる。


変数という、一見不自由なものを導入するのはなぜか。
ひとつずつ挙げると以下になる。

精度を自覚する。
定義域、値域と、そのなかで自分が動いた範囲を自覚する。
ほんの少しの値の差が、知覚にとって大きな意味の差につながることを自覚する。
自分が何を変えたのかを自覚する。
自分が何を知らないのかを自覚する。
自分が思いついたことは、本当に新しいのかどうか分析可能にする。
過去の作品の背後に学ぶ、つまり切り捨てられたその他のうちのどこに鉱脈があるのか。

一言で言えば、自覚可能な形にする=自分でいじれるようにする。ということだ。


結局これは何をしてるのか。
自分の中にモデルをつくる過程を自覚する、ということだ。

自分の中に新たな思考のモデルをつくるのは面白いが、しんどい作業だ。
ぱっと目の前が開けるまでずっと何をしてるのかわからない。
それを手助けする方法だと思っている。
コンピュータによる思考の外在化とそのロギングの方法、とも言えるが、
それがモチベーション維持になるんじゃないか、というのが主旨。

2009年7月27日月曜日



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